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zoom RSS 座談会での体験発表の原稿(信心第一幕の功徳)

<<   作成日時 : 2017/12/19 22:07   >>

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私は家族の中でたった一人だけ創価学会に入って信心をしています。
今から約31年前、二十歳で入信しました。
酒飲みの酒乱の父はせっかく海でアサリを取っていっぱいお金をもうけても、ほとんどを競艇場に持って行き、負けて帰っては機嫌を悪くして家族に当たります。
父の暴言 時には暴力、貧乏の中、母は姉と私の二人の娘を一生懸命育ててくれました。
しかも次女である私は小さい頃から視力が弱く人見知りの頼りない子供でした。
幼稚園の頃にはいじめられっこで 言い返す事も思いつかずに泣いてばかりで、そのうち登園拒否を起こしてしまった子供でした。
目の方は、最初は高度近視との診断でしたが、あまりに視力が下がってきて、メガネもコンタクトも効かなくなり、そのうち黒板も見えなくなり、教科書もテストの問題用紙もすごく見えにくくなりました。
全く見えないわけでもなく さりとてほとんど見えなくて どっちつかずで将来どうしたらいいのかもわかりません。
そんな高校2年の時に、総合病院でもう一度検査をすると、「網膜色素変性症」という難病で、いずれ失明すると聞かされました。
私は「どうりで視力が落ちるはずだ、なるほど納得!もういいかげん見えないんだから失明したって一緒の事だ。」くらいに思って「納得」したのを覚えています。
母は私には隠していましたが、大ショックだったそうです。
そして盲学校に天候しました。
元から友達作りの苦手だった私は、その中でうまく人間関係が作れません。
みんな楽しいいい人達なのに、何を話したらいいかわからないし、だんだん気持ちがこじれて孤立してしまいました。
休み時間はずうっと机に伏せたまま、行きたくもないトイレに何度も行って時間をつぶして。
こんな異常な状態が耐えられません。
「誰も私をいじめてはいない。なのに こんな いい人達の中で人間関係を作れないような私は どこへ逃げても誰とも人間関係を築いていけない。私が劣っているからなんだ。」
強く自分が劣っていると思いました。
生きていけないと 毎日死ぬ事ばかりを考え始めました。
小学生の頃教室で意識がなくなった事がありますが、その時に死んでいればよかったと何度も何度も思いました。
そんな時、創価学会に誘われました。
「暗い人も明るくなれるよ。祈りとして叶わざるなしのご本尊よ。諸天善神が守ってくれるよ。」
生きるか死ぬかくらいの思いで声が枯れるくらいお題目を一生懸命一生懸命あげていきました。
1時間、お題目を一生懸命あげていると、最初は自分の事ばかり祈っているんですが、気がつくとクラスの人の幸せを祈っています。
私 人間好きになったような気がする。と最初の驚きです。
鍼灸マッサージの科に進み、教室に1人だけ残ってるクラスメイトを捕まえては、「創価学会って知ってる?」と足ぶるぶる震えながら順番に1人ずつ勇気で仏法対話を全員にしました。
その度にその後教室に戻って来たクラスメイトが私を混ぜて楽しく話をしてくれるんです。
すごいすごいと私は確信を深めました。
学校に行くのが辛く、毎日足を引きずって通っていたのが元気いっぱい足取り軽く行けるようになりました。
鍼灸マッサージの視覚を取って卒業して、仕事となった時、一番苦手な人相手の治療院の開業、これもお題目をあげながらならなんとか自分にもできるかもしれないと勇気が出ました。おっかなびっくり始めたけれど大好きな仕事になりました。
結婚してアパート暮らしになった姉一家も、お題目をあげていたら戻って来て同居。
その後 酒癖の悪い父と姉が大衝突して 姉達は出て行きましたが、それでもまた同居する事に。
目の見えない私にとって姉達が同居する事はとても頼りになる事です。
出ても出ても戻ってくるブーメランの様な姉。必要な人は吸い寄せられて来ます。
姉一家がいたおかげで家も半分ずつ払おうという事で建てられました。
1人でも信心していれば家族が守られると言います。
67歳で肝臓がんで亡くなった父も、心の中でお題目を唱えたと言っていましたが、3ヶ月の命を一年延ばして、痛みに苦しむ事もなく来世へ旅立つ事ができました。
選挙の応援の活動も、勇気勇気で一生懸命頼みました。
いい返事の人ばかりではないけれど、私の電話でみんな喜んでいろいろ話してくれて仲良くなります。
そうしたら気づくと私の友達はみんな選挙をお願いした人ばかりです。
なるべく人を避けたいと思っていた私がなるべく人の中へ入っていこうといつも心がけるようになりました。
人の中に自分から入っていって話を聞く中で、考え方が広がり人生が広がりました。
鍼灸の会の役員もがんばっています。
音声のパソコンもできるようになりました。杖で1人で歩く歩行訓練も受けました。一時期は盲導犬も持ってみました。
目の不自由な創価学会員のグループを自在会と言います。
○○県の自在会のメンバーとして、何かお役に立ちたいと活動もしています。
今は全く見えなくなっていますが、目が見えない事で私の使命がまた一つ開きました。
功徳の話はまだまだ尽きません。
泊り込みで話さないといけないくらいです。
でも、こうなったのも私1人のお題目だけではありません。
女子部の時から今婦人部に至るまで、さまざまな悩みがたくさんあって、辛くて不安でどうしようもない時、女子部のお姉さん達がどんなに私の話を聞いてくれて励ましてくれて祈ってくれた事か。
婦人部の方々がどんなに話を聞いてくれて励ましてくれて祈ってくれたことか。
それなくしての私はありえません。
大聖人の御書を学びながら人生の師匠信心の師匠の池田先生と心を合わせながら、自分の宿命転換と、家族友人の幸せのために祈って行動できる嬉しさは何にも勝る喜びです。
まだまだ未熟な私ですが、いい人が自分の周りにたくさんいて守りに守られて嬉しくていけません。
信心って深くって、どこまでいってもいろんな発見があってもっともっと知りたいです。
苦労をかけた母親に信心で親孝行ができたら嬉しいです。

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